【「奪われる」を訴える英語】be deprived of~

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みなさん、こんにちは!

今回注目するのは「奪う」という意味を持つ「deprive of」、受け身形で「be deprived of~:~を奪れる」です。

昨今のノーベル賞の是非については、色々意見がある方も多いとは思いますが(笑)今回は純粋に受賞者の印象的なスピーチから英語を学んでみたいと思います。

教育の不均衡について「be deprived of」というフレーズで象徴的に語った2014年ノーベル平和賞を受賞したMalalaさんのスピーチ。

シンプルな彼女のスピーチは多くの人々に届きました。

それでは、スピーチ全文を見ながら一緒に勉強していきましょう!

参考辞書:Oxford Learner’s Dictionaries
英辞郎 on the WEB Pro

Malala Yousafzai(マララ・ユズフサイ)さん

せっかくの機会ですので、簡単にマララさんのプロフィールと活動について触れておきましょう。
参考サイト:Wikipedia

生い立ちから発言力を高めるまで

マララさんは、1997年7月12日パキスタン北部スンニ派の家族の元に生まれました。お父さんは、地元で女子学校を経営していた影響もあり、マララさんも学校に通っていました。

2007年、武装勢力のパキスタン・タリバン運動が一家の住む地方政府を乗っ取り、恐怖政治を開始。特に、女性に教育を与える活動をする人たちを殺害し、女性が教育を受ける権利を奪い始めました。

2009年、マララさんは11歳の時、英国BBC放送の依頼を受け、ペンネームを使ってタリバン運動の支配下にあった現地で恐怖におびえながら生きる人々の現状についてBBC放送のブログに投稿をするようになりました。

タリバンによる女子校の破壊活動を批判し、女性への教育の必要性や平和を訴える活動を続け、英国メディアから注目されました。

同2009年、タリバンがパキスタン国軍により現地から追放をされた後、パキスタン政府は告発を続けたマララさんの名前を公表し「勇気ある少女」として功績を表彰しました。

その後もパキスタン政府主催の講演会などに出席し、女性の権利についての発言力が高まって行きましたが、同時にタリバンから怒りの対象にもなってしまいました。

銃撃事件

2012年、マララさんは、通っていた中学校から帰宅するスクールバスに乗っていたところを複数の男に銃撃され、頭部と首に計2発の銃弾を受け、一緒にいた2人の女子生徒と共に負傷しました。

銃弾は頭部から入り、あごと首の間あたりで止まっていて、外科手術により摘出されたものの、一時は感染兆候により生命を危ぶまれた。

最終的には奇跡的に回復し、2013年1月3日に約2カ月半の治療を終え退院しました。

この事件は、タリバンが世界的非難の的になるきっかけとマララさんを神聖視する動きに拍車をかけました。

タリバンは「女が教育を受ける事は許し難い罪であり、死に値する」と正当性を主張して徹底抗戦の構えを示しましたが、その後パキスタン政府はタリバン側(タリバンから分離した別の過激派のメンバーも含め)マララさんの銃撃に関与した犯人を逮捕したが、彼らの証言には謎が多く真相が未だに明確に分かっていません。

ノーベル平和賞の受賞

2014年、マララさんは17歳という史上最年少の受賞者としてノーベル平和賞を受賞しました。

パキスタンの有力メディアがマララさんの受賞や一連の功績を歓迎し大々的に報道した一方、マララさんの出身地ではイスラム過激派に怯え沈黙を貫いていたと言います。

また、パキスタンの一部保守層から「マララ氏はイスラムに敬意がない」として、彼女のノーベル賞受賞を「西洋の指示に従った結果だ」として、「MalalaDrama(マララ劇場)」と揶揄していました。

マララさんに対する評価は様々出ていますが、現在まで世界的企業からの資金援助を受けながら活動を継続しています。


 

ここまで見てくると、このパキスタン内戦に関わる西側諸国の関与が裏にあった事は間違いないだろう・・と読めます。

そうした背景もあって、マララさんは様々な批判を受けて来た事も確かではありますが、活動のバックボーンや訴えている教育の平等に関しては、一定の評価があって良いと思います。

少なくとも環境活動家として持ち上げられたグレダ氏の支離滅裂なお話よりは論が通っていると思います。

マララさんのスピーチ

では、ここでマララさんがノーベル賞受賞式で行ったスピーチを見て行きましょう。

実際の全体スピーチは30分程度でしたが、今回はその中から最も印象的だとされている2分30秒程度の抜粋をご紹介します。

Best inspirational speech by Malala Yousafzai

全体スクリプト

Some people call me the girl who was shot by the Taliban.
As far as I know, I am just a committed and even stubborn person who wants to see every child getting quality education.

人々は私の事を「タリバンに撃たれた少女」と呼びます。私自身が知る限り、私は、全ての子供達が質の良い教育を受ける事を望んでいる事に全力を傾け、頑固ではありますが、普通の人間です。

When my world suddenly changed,
my priorities changed too.
I had two options.

One was to remain silent and wait to be killed.
And the second was, to speak up and then be killed.
I chose the second one.
I decided to speak up.

私の世界が変わった時、私の優先順位も変わりました。
私には2つの選択肢があったのです。

一つは沈黙を続け、殺されるのを待つ。
二つ目は声を上げ、そして殺される事でした。
私は、2番目を選びました。
声を上げる事を決めたのです。

I tell my story,
not because it is unique,
but because it is not.

私の事を話します。
それは珍しいからではなく、珍しくない事だからです。

Though I appear as one girl,
who is 5 foot 2 inches tall,
if you include my high heels.

私が、ハイヒールの高さを含めても5フィート2インチしかない、ひとりの女の子に見えても、です。

I am not a lone voice, I am many.
I am Malala.
But I am also Shazia.
I am Kainat.
I am Kainat Soomro.
I am Muzoon.
I am Amina.

私の声は私一人だけのものではありません。
私は多くの人々の声なのです。
私はマララです。
だけど、私はシャジアでもあるのです。
私はカイナットです。
私はカイナット・ソームロです。
私はモゾーンです。
私はアミナです。

I am those 66 million girls who are deprived of education.
In year 2015,
representatives from all around the world will meet.

It is not time to tell the world leaders
to realize how important education is
— they already know it —
their own children are in good schools.

私は66万人の、教育を奪われている少女(の代表)なのです。
2015年、世界中から多くの代表者が集います。
これは、世界たちのリーダーに教育の重要性について気付いてくれと語る時ではありません。―彼らはそれを既に知っているのです―現に、彼らの子供たちは良い学校に行っていますから。

Now, it is time to call them,
to take action for the rest of the world’s children.

So, it becomes the last time that
we see a child deprived of education.

今は彼らに対して、世界で取り残された子供たちのために行動を起こす時であると訴える時なのです。
そして、教育を奪われた子供を見る最後の時にするのです。

Let this end with us.
Let’s begin this ending, together, today, right here, right now.
Let’s begin this ending now.
Thank you so much.

この問題を私達と共に終わらせましょう。
共に、今日、ここから、そして今からこの問題の終わりを始めましょう。
今から、終わらせることを始めるのです。
ありがとうございました。

deprive of ~/deprive A of B =~を取り上げる/AからBを取り上げる

「deprive」は「deprive of」 で意味を成す [phrasal verb] です。
参考までに、日本語辞書で「deprive」を引くと以下の定義となります。

1.奪う、取り上げる、はく奪する
2.与えない

 

ですので、「~から奪う」とか「~を与えない」と言いたい時は
deprive of~/deprive A of Bと表します。

≪exercise≫

They were deprived of freedom.
(彼らは自由を奪われた)

She deprived him of freedom.
(彼女は彼から自由を取り上げた
=彼女は彼に自由を与えなかった)

マララさんのスピーチ内の表現

I am those 66 million girls who are deprived of education. 私は、教育を奪われた66万人の少女です。

 It becomes the last time that we see a child (who are) deprived of education. これは、教育を奪われた子供を見る最後の時になります。

最後に:「奪う人々」「奪われる人々」

今回は、マララさんのスピーチから「be deprived of/deprive of」について見て来ました

「奪う」の他にも「与えない」という意味もありますので、文脈や言い回しによって解釈したり使ったりすると良いでしょう。

イスラム教圏内における女性の扱いは、世界から色々な批判が集まります。

同じイスラム教圏内でもインドネシアやマレーシア、アフリカなどでは中東の一部の地域ほど女性の地位は低くなく、優秀な女性も多く活躍の場も沢山あります。

私個人としては、文化・宗教に関する批判は慎重にするべきだと意見ですがいう意見ですが、やはり男女が平等に持つ「生きる権利」を奪ってまで抑圧するのは流石に受け入れ難いです。

特に、教育は性別に関係なく受ける権利を保障されるべきだと思います。

そういった意味では、背後に何があるにしても、マララさんが行った啓発活動は意味が大きかったのではないかと思っています。

原理主義の過激派は「奪う人々」だと言う人は多いでしょう。

しかし、彼らの様な集団を作ったのは一体誰なのでしょうか?

彼らの行っている事は全く肯定はしませんが、彼らは良く‟俺たちは奪われて来た”と「奪う人々」の存在を口にします。

彼らも「奪われた人々」である、と・・・。

近年、目まぐるしく変化する世界情勢の中で、私達は目を良く見開いて「奪う人々」と「奪われる人々」を見極めて行く必要が出て来ているのではないでしょうか。

是非、お友達と「deprive of」を使って議論してみて下さい!

併せて読みたい:【英語動画で学ぼう】「国際協力」という名の搾取

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